人気ブログランキング |

メタルビーズ教室は8月までお休みです。教室の皆様とは秋にはお目にかかれますように。インスタグラムやってます。metalbeadsroom 下の青いアイコンをタップしてください
by mareemonte





インスタグラム
mareemonte3

メタルビーズ教室

・横浜教室
平日行っております。
ご希望の方は
hayatayuko@gmail.com
へご連絡頂ければと思います。
詳細をご連絡致します。

メタルビーズ教室は分教室は一切ございません。





ご質問等は
mareemonte@excite.
co.jpまで。内容によってお答え出来ないこともありますのでご了承下さい



【ウーマンエキサイト】ゴールドブロガーに選んで頂きました。



・メディア


2008年 STORY


2009年 女性自身


2010年 VERY

カテゴリ
全体
メタルビーズ教室について
メタルビーズ
お弁当
重箱
劇やら映画やら
本と料理

韓国 
村上信夫
京都
マレーシア
イギリス
ダニエルウエリントン
上海
香港
中華街
季節行事
パン
茶・コーヒー
台所
レシピ
和食
アウトドア
おやつ
美味な店

パーティー
コスメ

マレビーズ
中国
きれい
朝ごはん
台湾
散歩
東北
国内旅行
2020日記
自粛生活
stay home
韓国料理
未分類
以前の記事
2020年 05月
2020年 03月
2020年 01月
more...
タグ
(368)
(287)
(158)
(84)
(72)
(57)
(53)
(52)
(50)
(45)
(44)
(40)
(39)
(39)
(32)
(27)
(26)
(25)
(23)
(23)
検索
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
記事ランキング
画像一覧
野田地図「THE BEE」
野田地図「THE BEE」_b0048834_1231847.jpg

「THE BEE」 水天宮ピット マチネ 
野田秀樹 宮沢りえ 近藤良平 池田成志
筒井康隆「毟りあい」原作

ちょっとだけ占星術が出来ます、私。(個人的な星占いはしないです。いろんな意味で大変だから。)
2012年の2月つまり今年の2月に魚座の守護星である海王星が魚座に回帰しました。
海王星が魚座に回帰する時って「自分と他者との境界線があいまいになる」
ってことが現象として起こりやすくなるらしい。(ほんとにちょっとしか占星術出来ないのではっきりと言いきれないけど、この解釈であっていると思う・・)

確かにこの他者との境界線があいまいってものすごーい実感することが多い。例えばフェイスブック。それまでのコンピュータの世界はやれ、顔を乗せるとアブナイ、実名なんてもってのほか、っていう空気だったですね。それがどうだ、実名も顔写真ものせて、友達のつながりも分かって、自分の今いる位置情報なんかものせて、どこでだれと会って何をしたって記録までのせちゃう。私なんぞは古い人間だから「おいおい、そこまで自分のセカイをさらしてしまっていいのかえ?」と疑問に思うし、フェイスブックの「元気いっぱい!ポジティブポジティブ!」みたいな空気に違和感があって、イマイチ踏み込めないけど、世の中の流れはこの「あいまいさ」「可視感」みたいな方へ進んでいるように思います。今年魚座に入った海王星はむこう10年は魚座に滞在するから、これからもっと世の中は透明感が要求されて、可視出来るようになり、他者との境界線があいまいになりそう。それが良かろうと悪かろうと、そういうムーブメントんだろうな。ま、このあいまいさからの反動で「閉ざされた世界」「選民意識」「秘密結社」なんてのも裏主流として起こりえそうなんだけど。

この「自分と他者があいまいになる」「正と悪があいまいになる」「絶望と希望があいまいになる」っていう世界が今回の野田地図の「THE BEE」に描かれた世界なのですが。
いやー、ムナクソ悪かった!

エリートサラリーマンの井戸(野田秀樹)が、息子の誕生日祝いを手に抱えながら自宅に帰ると、妻と子供が脱獄囚(近藤良平)に人質に取られ、自宅に立て籠もられていた。
脱獄囚は自分の妻が、自分を捨てようとしている事に怒り、妻との復縁を要求して、井戸の家に立て籠る。井戸の妻子を解放して欲しいなら自分の妻が自分の元に帰ってくるように説得しろと。

井戸は警官と一緒に、脱獄囚の妻(宮沢りえ)に夫を説得させるために妻の自宅へ出向く。妻は子供(近藤良平)と二人暮らし。ストリッパーをしている妻は井戸の話に耳を貸そうともしないし、傲慢な態度で井戸に接する。
警官が脱獄囚の妻に乱暴な態度をとるので井戸は頭を殴ってしまい、結果警官を殺してしまう。こんなはずではなかったと狼狽する井戸。しかしこれこそがきっかけとなり、井戸の中の正義と悪がひっくり返っていく。井戸は警官の腰から拳銃を抜く。被害者から加害者へ。暴力には暴力で。井戸は脱獄囚の妻子を人質にとり、脱獄囚と対峙するのであった。

拳銃を脱獄囚の妻子に突きつけ、窓を封鎖し、密室の中にこもる3人。
妻を凌辱し、子供に暴力をふるいながらもその妻に飯を作らせ、3人で食卓を囲む。
起床。身支度。食事。暴力。食事。暴力。食事。凌辱。就寝。
日常と非日常の境界線があいまいになっていく。恐怖なのかなんなのかさえ妻は分からなくなっていく。
井戸が一度だけ拳銃を体から離した。その拳銃を手に取る妻。しかしその引鉄を井戸に向けることなく、またいつも通りの密室の生活に戻ってしまう。

「妻子を解放しろ。さもなくばお前の子供の指を切る」
狂気と化した井戸は脱獄囚の子供の指を1本切り取り、それを封筒にいれ、脱獄囚に届ける。泣き叫ぶ子供、庇いながらも井戸の行動に逆らえない母親は子供の指を封筒にいれ、封をして外の世界へ運ぶ。

玄関のポストにポトン、と封筒が落ちる。
ようやく解放する気になったのか、と封を開けるとそこには井戸の子供の指が入っていた。激怒する井戸。また脱獄囚の子供の指を切り、封書に入れ、外へ妻へ運ばせる。

ほぼ指を切りとられた子供は死ぬ。
今度は妻の番だ。ご飯の後に何も言わず指をさし出す妻。
指を切る井戸。
切り続けると妻も死ぬ。

まだ封書が届く。

さあ、自分の指を切ろうか。




やれ、暴力の連鎖がどうだ、9.11がどうだとか言われてきたが、実のところ、私はそんなことのために芝居をやっているわけではない。もしもそれだけの演劇だったとしたら、この芝居はただの頭でっかちのつまらないもので終る。演劇の中で大事なものはテーマではない。小道具である。このことを世界中を回って改めて確信した
パンフレットより 


と野田さんが仰っているだけあって小道具が冴えていました。舞台装置は一枚の紙がつるされているだけ。これが舞台背景になります。カッターで切れば窓になり、テレビになる。紙の下に入れば布団になるし、ちぎれば手紙にもなる。紙はどんどんくしゃくしゃになっていって、それはまるで生活の荒みそのものに見え、内面さえも表されているように見えました。手につけた鉛筆は切られていく指に見立てられたものだったし。

舞台を見ながら「これが演劇だから見ていられるんだよなあ」とずっと思っていました。
もしこれが本当の出来事だったら、指を包丁で切るっていったって、荒んだストリッパーの使っている包丁がよく研がれたものであるはずがない。指はなかなか切れなくて、何度も何度も包丁を上下させて指を切ったはずです。血も出る。体は脂汗をかいて、うめきながら震えるだろう。窓を封鎖された密室で空気の入れかえもしないだろうから、生活臭も血の匂いも充満する。洗濯ものだってたまっているはずだ。演劇だから見ていられる。異臭が漂うわけでもないし、生活道具が紙で見立てられているからこそ心に逃げ場がある。これはお芝居なのだ、と認識出来るのだなと。これがスーパーリアリズムを追及した映像での表現になるといわゆる「演劇」ではなくなってしまうのだろうなと思いました。


劇の最後は井戸が自分の指を切りおとそうか、としているシーン。カタルシスは一切排除されたものになっています。
「おれは被害者としての適性のない人間だ。だからおれはより困難なこの立場を選んだ。おれが好きでこの道を選んだんだ」
確かに井戸は自分の中の内なる狂気に自分で気がつき、それを喜んでいるんじゃないかと思う表情をするんだよね。正と悪があいまいになり、被害者と加害者の境界線があいまいになり、日常と非日常があいまいになった井戸は狂気に狂喜することで感情を昇華させていったんだろうか。


原作は筒井康隆の短編小説「毟りあい」。私が高校の時に筒井康隆の「文学部唯野教授」という本を読んでいたら国語の先生にめちゃめちゃ怒られた。「筒井康隆なんて読んだら精神が歪みますっ!!!」って。学校の図書館で借りたんだけど(爆)確かに明治生まれの先生には筒井康隆の小説の世界は歪んだものに映ったのであっただろう。がしかし現実の世の中は昭和に書かれた筒井ワールドを遥かに超えた事件などが起きるようになってしまった。筒井康隆氏は断筆されてしまったけれど、今ももし何か書くことがあったらどんな小説を書いてたんだろ。

現実の酷い世界にフィクションが勝てるはずがない。だからテーマに比重を置くということはしないのだろうか、野田さん。次回作は「エッグ」。9月に観劇する予定です。楽しみ。
by mareemonte | 2012-07-07 11:30 | 劇やら映画やら
<< メタルビーズとハワイアンキルト☆ 冷凍食品の収納の仕方 >>